第二章 夜の街

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夜の路地。横たわる男の前には二人の人影。
その内の一人が倒れた男の懐をまさぐる。
「誰がシャブ持ち込んでいいっつった?あ?」
数袋の白い粉を見つけるその男、安西義弘。
倒れた男が安西の腕を掴む。
「勘弁してくれよ」
振り払い、その血だらけの男の腹を蹴る安西。
「俺がこの街の法律だ。こいつは没収するから諦めな」
「俺のモンじゃねんだ、殺されちまうよ」
「弱っちぃのに危ねぇ橋渡ってるお前が悪りい。
文句あんだったら取り返してみろよ」

もう一人の男、武藤宰が口をひらく
「お前どこのブツ捌いてんだ」
「……」
端正な顔立ちに似合わず気の荒い安西。
「相方が聞いてんだろ、お前はドコのパシリなんだよ」
言い終わるか終らないかの間に売人の腹に蹴りを入れる。
「コク……ユ……」
「あん? 聞こえねぇよ」
「……剋友会……」
武藤の顔が青ざめる。売人の胸倉を掴む安西。
「てめぇフカしてんじゃねぇぞ」
「嘘じゃねぇよ! アンタらだって知ってんだろ。
フカシに使ってただですむ相手じゃねぇって」

武藤が目配せで安西をよび……小声で囁く。
「ヤベんじゃねぇか安西?」
「なんで神戸の剋友会がこんなトコで小商いしてんだよ。
アイツのフカシに決まってるよ」

「じゃなかったらどうすんだ」
「……関係ねぇよ……」
「剋友会には堀渕がいる。
相当の武闘派でキレもんって話だ。
アイツの話、マジだったら絶対ただじゃ済まねぇぞ」

「もしかしてビビってんのかよ」
売人に歩み寄り馬乗りになる安西。
「俺も結構武闘派だ」
売人のこめかみを両手で掴み耳打ちをする。
「堀渕なんか目じゃねぇよ」
売人の後頭部を地面に叩き付ける。
路地裏に鈍い音が響き渡る。


「そう、堀渕で3名」
「堀渕様……お時間は……」
「8時から。今日予約した筈なんすけど」
思ったとおり年末のこの居酒屋は凄い繁盛だ。
名物の串揚げにありつくには絶対に予約が必須。
台帳を険しい顔でめくる店員の顔を見ている俺は予約をボブに頼んだ事を後悔しはじめていた……。
外で待ってるサキとハセプ、寒いだろな。
「あるじゃんココ」
「こちらは森口様となってますが」
「モ・リ・グ・チ。ホ・リ・ブ・チ。」
「ご予約は復唱してご確認頂いておりますので……」
「お兄さん聞き間違えたんでしょ。似てるし」
「しかも8時から4名様となっておりますが……」
「ボブ来れるんだ、それじゃ。4名で良いよ。
呼ぶよ、サキとハセプ呼んでくるよ」

外に出ようとした俺の目の前で扉が開き中年の男が入ってきた。
『予約してんのか? お前』
「いらっしゃいませ! ご予約のお客様ですか?」
「ちょっと早いけど大丈夫? 8時から森口で4名予約してるんだけど」

覚えてろよボブ。
丁度その頃ボブのバカがファッションヘルスの個室にいると知ってたら
俺の憤りはMAXに達していたに違いない。


「本当に今日もなにもしなくて良いんですか?」
「俺、涼ちゃんと話しが出来たらそれだけで満足なんだ」
ベニヤで仕切られただけの二畳程の個室には簡素なシャワーと
小さなベッドしかない。
「私の話しなんて、そんな価値ないですよ」
「充分あるよ。俺にとっては充分価値あるよ」
不自然に距離を保ちそのベッドに腰掛けているボブと涼子。
涼子は風俗で働く大半の女性特有の倦怠感は微塵もなく若々しい魅力に溢れていた。
「どんなに俺が癒されてるか……」

「じゃあ今日はボブさんの事、教えて下さい」
「俺の事?」
「私、実は話すより聞く方が得意なんです」
「俺の話なんて聞いたらブルーになるだけだよ、今までろくな人生じゃないし」
「今もですか?」
「今? ……今は……そうだな、幸せだ。
こうして涼ちゃんと知り合えたし、この街で友達も出来たし」

「じゃあその友達のコト教えて下さい」
話を振られて悪い気がする奴はそういない。
「タバコ吸って良い?」
ベッドの枕元から涼子が灰皿を持ってくるとボブはレイシに火を点けた。
紫煙を吐き、勿体をつけて話だす。
「俺さぁ、人ってだいたい二通りに分かれると思うんだ。
手を取って引き上げてくれる人と、足首掴んで引きずり込む人と……
涼ちゃんはそんなの感じた事ない?」

「はぁ、そんな風には考えた事なかったです……」
「そうだな……元気にしてくれる人と、やる気を奪う人ってのは?」
「あっそれだったらなんとなく分かりますよ」
「俺の周りにはやる気を奪う種類の人間しかいなかった。
だから人と接すればその度に自信を失くしてた。
自分なりに努力して結果を出しても『それが一体何になる?』って一言でお終い」

「嫌な言葉ですね」
「悪魔の呪文さ。お蔭で俺は役立たずのチビって思い込まされた。
まっチビはチビなんだけどね」

「気になりませんよそんなコト」
「そんな俺が大学受かってコッチに出てきて、
最初に出会った人の言葉で救われたんだ。
『ネガティブな言葉や人の批判に耳を貸すな!
本当はお前が何者なのか、お前以外には解らないんだから』って」

「何者かってどういうコトですか?」
「何を成す人間かってコト。何かを成し遂げるって日頃の行動の積み重ねじゃない。
人は思考に基づいて行動する訳だから、どう考えるかがその人の未来を決めてるって言んだよ」

ボブの話にしっかり相槌を打ち目を輝かせる涼子。
「面白いですね。それって考え方次第で未来を変えられるって事ですよね」
「そう、今の自分も今までの思考の結果で、未来は今どう思考するかで決まるらしいよ」
「……もしそうだったら凄い事ですよね……」
「そう考えたら昔さんざん言われ続けたネガティブな言葉も気にならなくなったんだ。
高い志を抱いて努力を続けてれば誰に馬鹿にされても平気って訳」

「ボブさん凄いなぁ~。大きな目標があるんですね」
「……それが……偉そうな事言ったけど今はまだ目標探し中」
「じゃぁ私でも追いつけるかも」
「追いつける追いつける、俺なんかすぐ抜かしちゃうよ」
「その人、素敵なお友達ですね」
「そう、俺の手を取って引き上げてくれる人だ」


「ボブの野郎、地獄に落ちればいんだ」

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結局串揚げは諦めて俺の友達のキンちゃんのラーメン屋での食事会。
全く普通の食事じゃん。
「駄目でしょ堀渕さん、そんな事言っちゃ」
「サキ、お前は優しいなぁ。折角のお祝いがラーメンに餃子だよ」
「悪かたね、ゼンチャン」
「いたのキンちゃん」
「ボクの店、ボクいてあたりまえよ」
「サイッコーキンちゃん、このラーメンサイッコー」
「サキちゃんおめでと。このギョーザボクからお祝い」
「ありがとうございます」
この店は場末のラーメン屋って雰囲気だけど、味とキンちゃんの人柄でいつも繁盛してる。
「ハセプ、喰ってばっかじゃなくてキンちゃんいるならいるって言えよ」
「聞かれて困る事言うのが悪い」
正論だけに腹が立つな。話題を変えよう。

「それにしても良かったなサキ。今度担当の編集者が付くんだって?」
「たいしたことないよ。やっとスタートラインに並んだってとこかな」
「いや凄いと思うよ。ホントお前、絵上手いし、たいしたもんだよ」
微笑むサキの表情がなぜか寂しそうに見える。
「どうしたサキ。めでたい席でなにそんな辛気臭い顔してんだ? 」

サキは躊躇いがちに話しだした。
「ウチ正直言って自信ないんだ、プロでやってく」
「自信ないってどう言うコトよ?」
「子供の頃から絵が大好きで、漫画家目指して精一杯頑張ってきたけど……
やっぱ好きだけでやっていけるような甘い世界じゃないんだよね……」

「大変だよ漫画家は」
おっ今日はじめてハセプが自発的に喋った。

「大変だけど好きだから頑張れるんじゃないの?」
「頑張るよ、そりゃ。でもなんせタイムリミットがさ……ウチ来年の末で30(歳)でしょ。
親と約束しててそれまでに芽が出ない時は実家帰って家業手伝う事になってんだ」

「芽が出ないじゃなくて出すんだ。自分から求めないと何も手に入いんないよ」
「求めても手に入らないものもあるでしょ」
「いいかサキ、求めるって事は神頼みでもなんでもなくて具体的な行動だ。
『それに相応しい存在を目指して努力する』っていう。
そしてどんな目標でも達成すんのに一番大切なのは『諦めず求め続ける事』。
結果は全て自分次第だ。自分を信じて手に入るまで求め続けろよ」

「堀渕さんの言う事は良く解るけど……
保証のないモノにあと何年も打ち込める程、若くないだけの話」

「年なんか関係ねえよ。
目標変えても同じ事『保証がないから努力しない』じゃ悪くなる一方だ」

『努力しない』ってフレーズがサキを傷付けたのが彼女の紅潮した顔と空気で解った。
今まで常に努力を続けたコを相手に失礼極まりない失言だ。
「勿論努力はするけど……」
「ごめんサキ、お前は良くやってるよ。だからこうして結果が出てるんだ。
素直に喜んで自信持てばいんだよ」

「ウチの方こそごめんね。折角お祝いしてくれてるのに……」
といってサキは席を立った。
「どこ行くの?」
トイレを指さすサキ。歩いていく後姿を見ながら俺はラークに火を点けた。
トイレのドアが閉まるのを確認するとハセプが小声で喋りだす。
「あんな事いっちゃサキが可哀想だろ、善ちゃん」
「ホントの事じゃねぇか、何が可哀想なんだよ」
「サキの不安な気持ちも解ってやれよ」
「不安なんて大事に抱えててもロクなことねぇよ」
「不安がなけりゃただのノーテンキだろ。
上手くいかなかった事も前もって考えてるサキのどこが悪りんだよ」

サキは全く悪くない。むしろそれは堅実といえる生き方だろう。
ただ堅実とは、眼に見えるものへの信頼だ。
俺は見えないものを確信する事が、夢の実現には不可欠だと思う。

「俺の言い方にも問題あるかもしんねぇけど。
ハセプ、お前の言う事はサキの夢を遠ざける」

「言ってる意味が解んないんですけど?」
「今のサキに必要なのは逃げ道じゃねえ。不安の原因と向き合う事だ」
「じゃぁ不安と向き合えば問題は解決すんのかよ」
「あぁ。自信を損なう原因から目をそらすから不安なんだ。
見据えて向き合う事が人を成長させる。夢はその向こう側だ」

ハセプは何か言いかけて言葉をのんだ。
「強い意志で遣り抜けば、俺はどんな夢でも叶うと思うよ」


黒塗りのセダンの運転席で安西は30メートル先の煙草屋を見据えている。
2本目のマルボロに火を点けると煙草屋から出てくる武藤の姿が目に入った。
辺りを気にしながら小走りにセダンに近づく武藤。
オートロックを開錠すると助手席に滑り込み、安西の膝にヨレた封筒を投げる。
「あのジジィ、渋いわ」
封筒の中の一万円札を指先で数える安西。
「こんなもんしょ。時給にしたら結構な稼ぎだ」
「まぁな。それからさっきの売人、やっぱフカシだわ」
「だろ?」
「今この界隈でシャブ撒いてんのは篤誠会の木庭っていう男らしい」
「木庭って、こないだ飲み屋で酔っ払いの耳削ぎ落としたっていうあのジャンキーかよ」
「そうそう。切った耳にスピリタスかけて燃やしたって話だ。
出来れば関わりたくない相手だね」

「心配ねえって篤誠会クラスならトラブっても伏谷さんが何とかしてくれるよ」
「好き勝手やってんのコッチだぜ。ホントに助けてくれんのかよ」
「自分の女風俗で働かせてまでご機嫌とってんだ。使える時は使わなきゃな。まあ相手が剋友会の堀渕じゃなくて良かったよ」
「あっ堀渕は2、3年前に死んだって話だ」
「死んだ?」
「内部抗争で堀渕いれて3人が行方不明だってさ。恐らく沈められたんじゃないかって」
「ヤーコは怖いねぇ。俺らも下手うったら沈められんな」
「勘弁してくれよ。木庭もヤバイんじゃないの?」
「最悪伏谷さんが駄目でもシャブ中のサイコ野郎なんか俺がカタはめてやるよ。
武藤、パケ1個残してっから景気付けにベイロンでもキメようや」

そして静かに走りだした黒塗りのセダンは夜の闇に溶け込んだ。

その頃、風俗店の立ち並ぶ繁華街の路地裏で今日2二箱目のレイシに火を点けるボブ……
一人佇み通用門と腕時計を見比べている。

第三章 事の発端

HAPPY WORK メルマガ

就職情報ハッピーワークの堀渕からの自分を生きるためのメッセージ。自分の経験とハッピーワークに集う人々の悩みを通して培った堀渕の人生観を毎回ひとつのテーマに沿ってお届けします。

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作者プロフィール

瀧本 博志 (たきもと ひろし)
1967年11月30日生まれ
ガレージキッド制作代行
GEMINI代表

登場人物 登場人物相関図

堀渕善之介 Horibuchi

ボブ Bobu

サキ Saki

ハセプ Hasepu

涼子 Ryoko

キン Kin

安西義弘 Anzai

武藤宰 Muto

木庭誠 Kiba

HAPPY WORK BLOG

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