第十章 暴力で砕けるもの

安西を殴って切れた木庭の右拳に森下が包帯を巻いている。
木庭は左手で武藤の差し出した携帯を受け取った。
「じゃあ明日200。来月はじめには追加で500入金出来んだな?」
血の気の失せた顔で頷く武藤は
「じゃあこれで安西は300万でいんだな」
と確認した。
「何ぬりい事言ってんだよ」
右手を数回握り、包帯を馴染ませる木庭。
「500は最低ライン、上限なしの青天井だ。安西からもキッチリ500は徴収するよ」
「くたばれシャブ中」
毒づいた安西はさっきの場所で胡坐をかいたまま木庭を見ようともしない。
「これから彼女来んのにそんな態度で良いの?」
横目で木庭を睨みつける安西。
「お前の彼女、リョウコっつったっけ? どうなるか興味あんだろ?」
安西はどうあがいても事態が良くなる事はないと知っていた。
今となっては木庭に一矢報いる事に全てを賭けている。
安西には琉球少林流空手の経験が唯一の拠り所だった。
両腕は縛られているが脚は自由だ。
木庭に2秒の隙があれば、蹴り一撃で仕留める可能性は充分にある。
安西は床に唾を吐いた。
「態度悪いねぇ」
木庭がくわえたパーラメントに森下が火を点ける。
煙を吐きソファから上体を起こし……
「教えてやるよ。数時間後にはお前の女はシャブ浸けだ。そこでよく見てな」
薄笑みを浮かべながらテーブルの上にシャブの入ったパケを並べる。
「俺のシャブで飽きるほどトベんだからさ、この初期投資もキッチリ返済して貰わないとな」
やり切れない表情で見詰める武藤に微かに頷き返す安西。
武藤にはその意味は理解出来なかった。

その時、勢いよくドアが開き涼子が現れた。全員の視線が集まる。
涼子はドアの近くにいた血だらけの安西を見つけ
「あっ」
っと思わず声を漏らした。
駆け寄ろうとした涼子を構成員二人が後ろから捕まえる。
「悪いがリョウコさん」
ソファから立ち上がる木庭。
「ここでラブシーンは予定にねんだわ」
木庭の『立ち上がる時間』と『涼子の動きに囚われた意識』……。
そのとき出来た2秒の隙を安西は見逃さなかった。
全身の筋肉を一気に躍動させ立ち上がると同時に右足で床を蹴りつけた。
渾身の力と殺意を込めた足刀蹴り。
安西の右足は床から一直線に木庭の喉をめがけて伸びる。
足刀が喉元に触れる直前に木庭は安西の奇襲に気付き、本能的に横に転がり身をかわす。
蹴りは虚しく空を切り、安西は着地した足で再び床を蹴りつけて後ろ回し蹴りを放った。
その蹴りは、立ち上がった木庭の側頭部を捉えるかに見えたが
後ろ手に縛られた安西の回し蹴りは明らかに失速していた。
木庭は自ら蹴りの内側に入り、蹴り足である右足を肩に担ぎ、
安西を身体ごと床に叩き付けた。
背中をしたたか打ちつけて呻く安西。木庭はその腹を蹴りつけた。
「マジ、ひるんだじゃねぇかよ」
木庭は安西をうつ伏せにして膝で背中を抑えつけ、腰の革製シースからナイフを抜く。背中に座り、足首を掴みアキレス腱にナイフをあてる。
「オイタできねぇ様にアキレス腱、切っとこ」
その瞬間、構成員の手をすり抜けた涼子は、
テーブルの上のアイスピックを取り自分の左胸に突き付ける。
「やめて下さい」
涼子は木庭に向かって叫んだ。
「ナイフを戻して」
木庭は思わず舌うちをした。
「全くウゼぇ展開だ」
「あなたが木庭さんですか?」
「ああ」
「私が死んだら、500万円の回収どするんですか?」
「やめろ涼子」
安西は声を絞り出した。
涼子を捕まえていた構成員の一人、戸田がゆっくり足を踏み出す。
「木庭さん、すいません。どうせハッタリです。すぐ捕まえますんで……」
後退りながら涼子は言った。
「悪いけど、本気ですから」
木庭は安西の足を放し、振り返ると涼子を見据える。
「アンタ死んだらコイツも助かんねぇぞ」
「まずそのナイフをしまって下さい」
「勘違いすんな。アンタが命令出来る立場じゃねんだよ」
木庭はそう言い終わると涼子の表情を値踏みするように伺う。
「じゃあお願します。私の命、500万で買って下さい」
「俺としちゃぁぶっちゃけ二人とも死んで貰っても一向に構わねえ。
いらねぇよ、そんなもん」

「涼子」 安西の声には憤りすら感じられた。
「勝手な事言ってんじゃねえ」
「涼ちゃん、無茶すんな」 武藤も動揺して声を掛ける。
「3人とも生きてここから出るんだ」
涼子は二人の声が届かないかのように木庭を見据えたままアイスピックを握りしめている。
「生憎俺は金になんねぇ事に興味ねんだよ」
木庭の目配せで戸田が動いた。
「アンタの身体なら買ってやる」
アイスピックをもぎ取り、肩で涼子を突き飛ばし倒れたところを手際よくうつ伏せに抑え付けた。
「涼子!!」
木庭に背中に座られ身動きの取れない安西は叫ぶ事しか出来ない。
戸田は乱暴に涼子の左袖を捲り上げ腕を露にして木庭の指示を仰ぐ。
「取り合えず濃いの一発静注してやれ」
その声で森下がアルコールランプに火を点け静脈注射の準備を始めた。

「涼ちゃん関係ねえだろ」 武藤は木庭に懇願する。「やめさせてくれよ」
「武藤、お前は俺の要求に誠実に応えたから評価してんだ。
後であの女輪姦すとき仲間に入れてやっからさ、それまで黙ってみてろ」

「輪姦す?」 動揺する武藤。
「アンタ最低だ……涼ちゃんが何したっつんだよ」
「暴力の前じゃ綺麗事なんて通用しねえ。力のあるモンの欲望だけがまかり通るんだ。
だから弱者のお前等にとっちゃ最低最悪で当たり前。そうだろ? 安西」

黙したまま目を閉じ唇を噛む安西。

「この世界だけじゃねえ。世の中なんてタイガイそんなモンだ!
誰が弱者の言い分に耳、貸してくれんだよ。ここだけが特別じゃねえ。
極端なだけだ。どの世界でも力のねえ奴は丸裸でくたばる運命なんだよ」

「うるせえぞ木庭」 安西が吐き捨てる。
「次に隙見せたら絶対ブチ殺すからな」
「安西やめろ」 武藤が割り込む。 「もう逆らうな」
「安西、お前がいくらキバっても俺には勝てねえ。俺とお前にゃ大きな隔たりがある」
「俺はお前みたいに腐ってねぇからな」
「腐ってる腐ってねえじゃねえ。暴力の質の違いだ。
お前は俺の体を砕こうとする。ところが俺はお前の心を砕く。
目的が違うから質が違う。どっちが強ええか身を持って実感しろ」

「何がそんなに怖いんですか?」
床に抑え付けられた涼子が口を開く。
驚いた木庭は涼子の顔を見て呟く。
「何言ってんだコイツ」
「木庭さん、あなたの話や行いは全部『怖れ』に支配されてる。
私には臆病者の過剰反応にしか見えません」

木庭や安西から涼子の表情は見えない。
しかしその落ち着いた涼子の声からは恐怖も怒りも聞き取れなかった。
「その臆病者の俺にボロボロにされんだぜアンタ」
静脈注射の準備が整い注射器をかざして森下が立ち上がった。
木庭は手をかざし森下を待たせて涼子の返事を待った。
「あなたの暴力が砕けるのも体だけです。心まで砕けると思わないで下さい」
「何が根拠か知らねえが、たいした自信だな」
「私は本当に強い人に逢いました。
そしてその人に『思いが人生に与える影響』を教わったんです。
その思いを司る私の心こそ人生そのもの……誰の自由にもさせません」

「最強だの支配だのアニメの見過ぎじゃねえか? アンタの話にゃ現実味がねえ。
これからじっくり現実の苦痛を経験しな。オオグチ叩いた事を後悔しねぇよう祈るぜ」

木庭が手を降ろすと森下が涼子の傍らに膝をつく。
戸田が手渡されたゴムチューブで手際よく涼子の上腕を縛る。
祈るように何か呟きながら目を閉じる武藤。
自分の愚行の結果を見据える安西。
浮き上がった涼子の静脈に針の先が触れる……。

第十一章 神のプログラム

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就職情報ハッピーワークの堀渕からの自分を生きるためのメッセージ。自分の経験とハッピーワークに集う人々の悩みを通して培った堀渕の人生観を毎回ひとつのテーマに沿ってお届けします。

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作者プロフィール

瀧本 博志 (たきもと ひろし)
1967年11月30日生まれ
ガレージキッド制作代行
GEMINI代表

登場人物 登場人物相関図

堀渕善之介 Horibuchi

ボブ Bobu

サキ Saki

ハセプ Hasepu

涼子 Ryoko

キン Kin

安西義弘 Anzai

武藤宰 Muto

木庭誠 Kiba

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