第十三章 再出発

あれから5日後……
俺は涼子と安西がこの街を出ると聞いた。
二人は事務所に挨拶に来るつもりだったが俺が見送りに行くことにした。
旅立ちには陰気臭い事務所より陽の光が似合う気がしたからだ。
ボブは何度も誘ったが結局ついては来なかった。
涼子と安西の乗った黒いセダンが高速インター手前の空き地に着いたのは
約束の時間より10分程早かった。
電柱にもたれて本読んでた俺に気付き目の前でセダンが停車する。
そして助手席から涼子が飛び出してきた。
「堀渕さん!」
「元気そうだな、涼子さん」
それは俺が両肩を抑えないと抱き付きそうな勢いだった。
運転席から降りてきた安西は俺を見て深々と頭をさげた。

数日前、涼子は姉に電話をしたそうだ。
勘当されて以来涼子が親族に連絡を取ったのは今回が初めてだった。
話しを聞けば姉は涼子を理解するようにと何度も両親に掛けあってくれたそうだ。涼子は親に背いた後ろめたさから、姉は親を説き伏せれない力不足を気に病んでお互いが距離をおいていたという事らしい。
そのたった一本の電話で涼子は強力な理解者を再び得る事が出来た。

俺はその話を聞いて、どんなトラブルでも一方的な被害者は存在しないと実感した。
激情、諦め、誤解……理由は様々でもトラブルの現状は当事者全員が受け入れた結果だ。
ほんの少し相手に寛大になり、ほんの少し勇気を出せば殆どのトラブルは解決するだろう。
流石に両親にはまだ連絡出来ないそうだが今の涼子なら近いうちに必ず軋轢を解消する筈だ。
そして涼子はその奈良にいる姉と義理の兄の世話になるそうだ。勿論安西も一緒に。

「ボブさんに会えないのは残念だったな」 本当に残念そうに涼子は呟いた。
「今日はどうしても外せない用があったみたで……本人も残念がってたよ」
俺は見え透いた言い訳をした。そしてなぜか安西が涼子以上に落胆したように見えた。
「アイツには最初から最後まで迷惑掛けっ放しで、直接会って一言詫びたかったんすよね……」
「俺から伝えとくよ。でもアイツ、君等の事、応援してるみたいだよ」
そう言って俺はボブから預かったA4の封筒を涼子に渡した。
「なんですか? これ」
「あれからボブが調べたみたい。音楽関係の就職先だと思うよ。
この辺りの内容だから奈良で役に立つかどうか解んねえけど……」

涼子の為に出来る事をボブなりに考えたんだろう。
封筒の中の書類はボブが丸三日掛けて調べ上げた成果だ。
内容よりも存在そのものに価値のあるモノが時折存在するが
ボブが作成したこの稚拙な書類は確かにその類のモノだった。
目を通す涼子の目が次第に潤んでいった。
「資料の内容はともかくさ」
俺には涼子にボブの気持ちを伝える必要があると感じた。
「ボブが言いたかったのは、夢を叶える手段は幾らでもあるって事じゃないかな」
「ボブさんに伝えて下さい。私、次は絶対に諦めたりしませんから」
車に乗り込む前に安西が背中越しに言った。
「もし堀渕さんが来てくれなかったら……今頃俺はくたばってました」
そう言うと安西は振り返り俺の目を見て言った。
「本当に有難う御座いました」
「俺はボブ迎えに行っただけだ。何もしてねえよ」
「武藤も……凄く感謝してました」
「彼は今どうしてる?」
「昨日実家に帰りました。親父さんの後継ぐらしいです」
「そら良かった」
「堀渕さん……ひとつ聞きたい事があるんですけど」
安西は躊躇いがちに言葉を続けた。
「今の俺は何が正しい行いか判断する事は出来ると思います。
ただ俺は貴方程強くない……
果たして正しく生き抜く事が出来るのか……考えれば考える程不安になるんです」

「君の言う強さってのは?」
「貴方は現実的な力も持ち合わせてる。誰も貴方の進む道を阻む事は出来ない程の。
俺等にしてみれば正しく生きる事は、なんか、凄く覚悟のいる事だと思うんです。
無防備のまま、欲望の渦の中に身を委ねるようなもんだから……」

「君はひとつ思い違いをしてる。
真理を自分の世界観に落し込んで否定するのは間違いだ。
『欲望の渦』という君の世界観は、今までの君の思考と行動が生みだしたんだ。
世界は君の内面に応じて姿を変える。ほんの少しでも
真理に近付けたと思うなら、そんな世界観は一刻も早く捨て去るべきだ。
正しく生きる決意があるなら、何も思い悩む必要はない」

真理を知る機会は幾らでもある……
しかし成長を拒み不平不満の中に生き続ける人たちは自分の偏狭な人生観、世界観を疑う事もなく、それを根拠に全てを『綺麗事』として片付ける。思い煩わせるモノから解放されたいなら、その原因である今までの自分を真っ先に疑うべきだ。
「そうっすよね」 安西の表情が少し明るくなった。
「何もしないうちから心配ばかりしてたんじゃ、本当に理解出来たとは言えないっすよね」
「変えんのは状況じゃなくて自分だから、出来るか出来ねえかは自分次第だ。
良心に従って行動して、自分が関わる相手を豊かにすんのを目標にすりゃあいい。
すぐ結果が出なくても状況や評価なんて気ぃ付けば変わってるもんさ」

安西は力強く頷きセダンに乗り込んだ。
「堀渕さん」 涼子が助手席で頭を下げた。
「本当に有難う御座いました」
そして安西ももう一度深々と頭を下げた。
俺は昔からお礼を言われるとリアクションに困る傾向がある。
今回も視線を逸らし俺からは出来る限りあっさりと別れを告げた。
「二人とも元気でな」
そしてラークに火を点けて走り去るセダンのテールを眺めていた……。

「いっちゃったね」
「そうだな……ワォッ!」
ボブが横に立っていた。
「いつから居たんだお前」
「やっぱ気になってさ」 空き地の外の田圃を指差し
「ずっとあそこに隠れて見てたんだ」
「やっぱキショイなお前。出てくりゃ良かったのに」
「いんだよ俺は」 セダンが走り去った方を見詰めながら寂しそうに呟いた。
「あの時さ篤誠会にはもっと早く着いてたんだ、俺」 ボブは目を細めて話し出した。
「何度も逃げようかと思った。本当は気を失うまで心の中で何度も後悔してたんだ。
遡って涼ちゃんを好きになった事まで後悔した……」

「でも、結局助けに行ったじゃねえか」
「それが自分でも解らないんだ、なんであんな事ができたのか」
「それが本当のお前なんじゃないの?」
「え? どう言う事?」
「だから過小評価してんだよ。お前が勝手に自分で臆病者だと思ってるだけでその思い込みが本来のお前を閉じ込めてんのかもよ」
「もしかして……それってマット・デイモンのボーンシリーズみたいな感じ?」
「全然違う。
とにかく臆病者じゃねえって事は行動が示してんだから自信持てばいんだよ」

「そんなモンかなぁ~」
「そんなモンだよ。お前は確実に成長してるよ。身長じゃなくて内面が」

「ところで木庭は何であん時許してくれたんだろ? いい加減教えてくれよ」
「俺の話に感銘受けたんだっつってんだろ」
「だからその話の内容教えてくれって言ってんの。俺気絶してて聞いてないんだから」
「なんつうかな、神様が俺たち男にどんだけ優しいかって話だよ。
それ聞いて豊かな気分になったんだよ、きっと。優し~い気持ちに」

「答えになってねえよ。内容教えてくれよ」
「例えは何でも良かったんだけどさ、まず木庭に幸せを感じて欲しくてな。
おっぱいって、いっぺんに一個しか舐めらんねぇのに二個もついててスゲエなって言ったんだよ」

「あの状況でそんなコト言ったの?」
「馬鹿。そういうチョイスが心に沁みんだよ。
女性もほぼ同数だから男一人に対しておっぱいは二個。
それほど贅沢な状況でコレ以上何を望む? 
神様って粋だね……みたいな事言ったのよ……」

「成程、そうか。そう聞くと深いね」
『深かねえだろ』俺は心で呟いた。

「でもおかしいぞ!」
不意にボブが漏らした。
「ひとり二個なのになんで俺には一個も回ってこないんだよ!」
「そらお前が原因だろ」
「ちょっと待って! じゃあ本来俺に割り当てられる筈のおっぱいを他の奴が吸ってるって事もあり得るんじゃないの? どこぞのスケベが。そう言う事だよね」
「落ち着けボブ。一緒にお前がモテない原因探って解決しよう」
…逆効果だ。
「黙れロリコン!」
「誰がロリコンだよ。根拠のねえ罵り方すんじゃねえよ」
「あんたもう既に二個以上おっぱい吸ってんだろ、この裏切り者のロリコン!」
「だからロリコンじゃねえっつってんだろ」
ボブは青空に叫んだ。
「この世界は奪い合いだ。限られたおっぱいの奪い合いだ~!」

エピローグ

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就職情報ハッピーワークの堀渕からの自分を生きるためのメッセージ。自分の経験とハッピーワークに集う人々の悩みを通して培った堀渕の人生観を毎回ひとつのテーマに沿ってお届けします。

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作者プロフィール

瀧本 博志 (たきもと ひろし)
1967年11月30日生まれ
ガレージキッド制作代行
GEMINI代表

登場人物 登場人物相関図

堀渕善之介 Horibuchi

ボブ Bobu

サキ Saki

ハセプ Hasepu

涼子 Ryoko

キン Kin

安西義弘 Anzai

武藤宰 Muto

木庭誠 Kiba

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